応援メッセージ

昨年9 月、協会の訓練センター「富士ハーネス」を訪ねた中井さん。犬と寄り添う姿がとても自然です
いつも何かしら縁あって犬を迎え入れてきたという俳優の中井貴一さん。秋に富士ハーネスを訪ねてくださいました。俳優として活躍する傍らラブラドールのクルミとパイランと暮らした10数年、すべて犬中心の生活だったという中井さん。盲導犬育成の現場で人と犬との絆をお話ししてくれました。
※盲導犬くらぶ113号(2024年1月25日発行)に掲載された中井さんからの応援メッセージを紹介します。
僕が長く一緒に暮らした愛犬2頭のことを、はじめにお話しします。
上の子パイランは、映画の撮影で北海道網走市に滞在した際、そこでたまたま立ち寄った犬の繁殖所で出会いました。ブリーダーのご主人から「これも縁なので1匹飼ってやってください」と言われ、相当逡巡(しゅんじゅん)しましたが連れて帰ることにしました。下の子クルミは、盲導犬の映画『クイール』※の撮影現場、京都で会ったので、両方とも映画に起因します。
『クイール』の撮影現場にいた崔洋一(さい よういち)監督の陣中見舞いに行った時、ちょうど子犬の撮影をしていました。スタッフに「子犬たちの貰い手は決まっているの?」と聞くと、撮影が終わってから決めるということだったので、「もし貰い手がいなかったら1匹引き取るよ」と約束したんです。崔監督からの勧めもあったので撮影後に引き取ることになり、クルミと名付けました。崔監督の計らいで、映画のエンドロールにも「クルミ」と名前が出ています。
※ラブラドール・レトリーバーの子犬を主人公に、盲導犬として成長していく姿や、さまざまな人との出会いや別れを描いた作品 (2004年映画公開)

仲良しだったクルミ(左)とパイラン(右)
犬と人間の関係を考えるとき、「あなたは犬、僕たちは人間」それでもひとつの家族になるために、どうしていくべきかを明確にすることが大事だと思っています。たとえば、いつでも人が犬の先頭に立って歩き、それが犬にとってストレスのない距離の取り方、付き合い方である、といったことです。犬たちに寂しい思いをさせないように、僕が撮影で家を留守にする間も、スタッフにいてもらって犬たちの環境や生活のリズムを変えないよう整えています。そうでないと犬に対する責任を負えないと思うんです。
ラブラドールという犬種は本当にヤンチャで大変。家の中のすべての物が壊されます(笑)。ある朝起きたら、洗面台の下の水道パイプが無くなっていたことがあって…錆びていた水道パイプを一晩で噛み砕いてしまったんです。よくこんな物を…よっぽど歯が痒かったのか、あっぱれでした(笑)。そんなことを何度も乗り越えていくのが、「犬と暮らす」ということ。おかげで何が起きても動じないようになりましたね。
歳をとり歩けなくなった愛犬が自分の腕の中にいるのを見て、「やっといたずらしなくなったね」と、愛おしさが増してくる。引退した盲導犬たちに触れて、そんな感情がよみがえってきました。
引退犬たちは、こうして生きているだけでユーザーの支えにもなっている。盲導犬が、あんなこと、こんなことをしてくれるというだけじゃなくて、ユーザーにとってはもっと大事なことがある。本当に愛をもらうんだと思います。一人で歩いている時は感じられなかった愛や生きる力を、犬が与えてくれるんじゃないか、そう思うのです。

引退犬棟で穏やかに過ごす犬たちと。犬の尊厳を大切に命に向き合う姿勢が伝わってきます
犬たちの調教も経験しましたが、犬ではなく僕が調教されるんです。犬は人を映す鏡で、顔も似てくるし、性格も飼い主に似てくる。人間(飼い主)によって、犬の良し悪しが決まるんです。動物を飼うことで、人間が横柄になってはいけないということを学びました。
訓練士を目指す方は、犬に「自分は訓練士になるんだ」と伝えなきゃいけない時があるんだと思います。そのためには自身を律しなければいけないし、良い人間にならないと良い犬を作れない、そんな状況になるのではと想像します。訓練士になってからも、犬に対してストレスがかからないよう最大限配慮しながら、自身も犬からさまざまなことを教えられているのではと思います。
視覚障害のある方も、盲導犬を持つようになって、きちんとしなきゃいけない、生活を変えなければいけないような瞬間があったなら、犬を預かった者として、どこかで自分を律しなければいけないでしょう。犬が、視覚障害のある方を教育する、教えるということがあるような気がするんです。犬と人間の関係とは、そういうもののような気がします。親子の関係でも、親が子供に育てられる、大人にしてもらっている、ということがあります。同じように、動物を飼うことで、人間として成熟させてもらっている。ある意味ペットを飼うということは、家に先生を迎え入れるということだと思います。

訓練の様子を見学した後、訓練犬との歩行にも挑戦。颯さっそう爽と歩き、ハーネスの感触を確かめます
犬と関係を持つときには、その犬の適性を理解することがとても重要だと感じます。その子の適性に合ったことをすれば犬も楽しいし、人といることが幸せとだと感じられるのかなと思います。
犬の適性を考えて、ストレスを与えない環境や条件を整えていても「盲導犬はかわいそう」と言う人もいます。盲導犬がユーザーを見上げて周囲を気にしながら歩いているのと、ペットが散歩をしているのと、そんなに変わりないと僕は思います。むしろ飼い主と意思の疎通がしっかりとれるように、盲導犬はより丁寧に訓練されているといえます。
盲導犬事業には、犬の訓練だけでなく、盲導犬を使う人の訓練もあると聞きました。人にも犬にも感情がある中で、訓練士はその両方を客観的に見ながら教えなければいけない。こんな大変なことはないと思います。そうしたことをベースに盲導犬が成り立っているということを、周囲の人々が理解しておく必要があると感じました。
盲導犬事業を「もっと良くしよう」という気持ちで、胸を張って訓練してください。そして、ユーザーのみなさんには、堂々と歩いていただきたいと思います。
訓練士やユーザーはじめ、盲導犬育成事業への大きな励ましとなります。ありがとうございました。

●中井貴一(なかい・きいち)
1981年、東宝映画「連合艦隊」でデビュー以来、映画、舞台、テレビドラマなどに多数出演する他、映画プロデューサーも務める。2020年には紫綬褒章を受章。日本を代表する俳優として活躍中
ヘアメイク:藤井俊二/写真提供:オフィス中井