動物福祉への取り組み
日本盲導犬協会では、盲導犬が視覚障害者の大切なパートナーとして活躍できるよう、動物福祉の理念に基づいた育成を行っています。本ページでは、その取り組みについてご紹介します。
動物福祉とは
動物福祉とは、動物が健康で快適に過ごし、精神的にも満たされ、自然な行動ができる環境を提供することを目指す考え方です。この理念は、動物が人と共に生活する中で、尊重されるべき存在であるという価値観に基づいています。
動物福祉には、「5つの自由*1(Five Freedoms)」という考え方があります。これは、動物が苦痛や不快から解放されるための「最低限の状態」を示す指標として広く知られています。
一方で、近年注目されているのが「5つの領域(Five Domains)」という考え方です。「5つの領域」は、「5つの自由」を基盤としながら、動物の身体的な健康だけでなく、精神的な幸福にも目を向けています。さらに、動物がポジティブな体験を得られる環境を重視しており、動物福祉をより前向きで包括的に捉えたモデルといえます。

*1「5つの自由(Five Freedoms)」
飢えや渇きからの自由、不快感からの自由、痛みや怪我・病気からの自由、自然な行動を表現する自由、恐れや不安からの自由
日本盲導犬協会の訓練
日本盲導犬協会では、犬が自ら考えて行動し、理解し納得できるように教育することを、訓練の理念としています。そのため、人がさせたいことを一方的に犬に求め、従わせるような訓練は行いません。犬の意思や個性を尊重し、双方向のコミュニケーションを図るためには、教え方や接し方を一律にするのではなく、犬それぞれの特徴に合わせる必要があります。そのため、犬の特徴、すなわち「稟性(ひんせい)」を理解することが重要です。
稟性とは、生まれつき持っている性質や性格のことです。例えば、人と一緒に何かをすることを喜ぶ性質(喜求性)や、その場の環境や状況を受け入れる能力(順応性)、刺激に対する受け取り方(感受性)などが挙げられます。人が何かを伝えた際の犬の受け取り方は、犬の稟性によってさまざまに異なります。そのため、犬に意図を正確に伝えるには、稟性を理解し、それに合わせた対応を行うことが必要です。

行動学と訓練理論
犬への行動の教え方には、動物行動学における「古典的条件づけ」*2と「オペラント条件づけ」*3を活用しています。これらの学習理論に基づき、犬にとって良いこと(快)があれば行動が増え、嫌なこと(不快)があれば行動が減るという考え方に沿って教えています。
また、行動を修正する際には、LIMA*4の考え方を基本としながら、動物福祉の向上と、人と犬の信頼関係の構築を大切にしています。

*2 古典的条件づけの例
犬が遊んで楽しいと感じているときに「グッド」という言葉をかけると、この言葉が条件刺激となる。これを繰り返すことで、「グッド」という言葉と遊びが関連づき、楽しい感情が引き起こされるようになる。
*3 オペラント条件づけの例
- ・「Sit」と言われて座ったら褒められた。 <行動は増える>
- ・テーブルに手をかけたら、おいしいものが食べられた。 <行動は増える>
- ・人に飛びついたら、おもちゃを貰えなかった。<行動は減る>
- ・家のドアを出た途端に雷が鳴り、嫌な思いをした。<行動は減る>
*4 LIMA(Least Intrusive, Minimally Aversive)
動物に対して最も負担が少なく、嫌悪感を与えない方法を優先する考え方。
訓練犬が快適に過ごせるように
- 犬舎環境
日本盲導犬協会では、犬たちが快適に過ごせる環境づくりを大切にしています。空調や床暖房による温湿度管理や、採光に配慮した設計により、犬と人が共に快適に過ごせる空間を整えています。また、スタッフが常駐し、犬たちの様子を常に見守る体制をとっています。
犬舎には個別の犬室に加え、テーブルやソファを配置した家庭的な共有スペースを設けています。この空間は、犬たちが人と触れ合いながらリラックスできる場であると同時に、家庭での過ごし方を確認し、盲導犬としての適性を見極めるうえでも重要な役割を担っています。

- 運動量の確保
犬たちは、毎日の訓練に加えて、遊びや散歩、フリーランなどを通して十分な運動量を確保しています。そのため、すべての訓練センターにおいて、天候に左右されずに利用できる運動スペースを整備しています。


育成プロセス
盲導犬の候補犬は、盲導犬としての資質を持った親犬から誕生します。繁殖は、これまでの実績やデータに基づき、血統の維持や交配の組み合わせを考慮して計画的に行われます。
訓練では、健康面や稟性を総合的に評価し、盲導犬に向いているかどうか、その適正を見極めます。盲導犬に向かないと判断した場合は進路を変更し、それぞれの性質に合った環境で暮らせるよう、協会が適した家庭を探します。
盲導犬に向いていると判断した場合も、歩く速度や活動範囲などを考慮し、ユーザーとの相性を踏まえた最適なマッチングを行います。どの進路を選ぶ場合でも犬それぞれに合った環境で暮らせるよう、協会が責任を持って判断しています。
盲導犬の引退制度
当協会では、盲導犬は10歳を目安に引退します。これは、加齢に伴う健康面の変化やケアの負担を考慮した制度です。10歳を目安とすることで、犬がまだ元気なうちに新しい環境での生活を始めることができます。引退後は、ボランティア家庭や、富士ハーネスの引退犬棟で暮らします。

盲導犬の健康とケア
日本盲導犬協会では、健康で質の高い盲導犬を育成するとともに、その一生に責任を持つため、現役の盲導犬はもちろん、繁殖犬から引退犬まで細やかな医療ケアに力を注いでいます。

すべての犬に行う健康管理
- 狂犬病予防接種、混合ワクチン接種
- フィラリア予防薬、ノミ・ダニ駆虫薬投与
- グルーミング(ブラッシング、歯磨き、爪切り、体重測定など)、シャンプー
繁殖犬

繁殖犬に行う健康管理のポイント
- 遺伝性疾患の検査(股・肘・膝の整形外科疾患、眼疾患、心疾患など)
- 定期健康診断(年1回:血液検査、眼検査、検便、聴診、ボディチェックなど)
- 交配前・出産前・出産後・子育終了時検査(ボディチェック、血液検査、検便など)
- 引退時メディカルチェック(血液検査、胸部・腹部レントゲン検査、検便・検尿、聴診、ボディチェックなど)
- ボランティアによる定期報告(体重、フード量、排泄などの健康状態
パピー

パピーに行う健康管理のポイント
- マイクロチップ挿入
- 去勢・避妊手術
- 眼検査、関節検査(股関節・肘関節・膝関節)
- ボランティアによる定期報告(体重、フード量、排泄などの健康状態)
訓練犬

訓練犬に行う健康管理のポイント
- 入所時メディカルチェック(血液検査、心電図検査、検便・検尿、ボディチェックなど)
- 共同訓練前メディカルチェック(血液検査、検便・検尿、聴診、ボディチェックなど)
盲導犬

盲導犬に行う健康管理のポイント
- 定期健康診断(年1回:血液検査、検便・検尿、聴診、ボディチェックなど)
- 地元獣医師による定期診察(体重、ボディチェックなど)
※身体障害者補助犬健康管理手帳に結果を記録し、外出時にはユーザーが携帯します
引退犬

引退犬に行う健康管理のポイント
- 引退時メディカルチェック(血液検査、胸部・腹部レントゲン検査、検便・検尿、聴診、ボディチェックなど)
- 定期健康診断(年1回:血液検査、検便・検尿、聴診、ボディチェックなど)
- ボランティアによる定期報告(体重、食事内容、排泄などの健康状態)
暑さから犬を守るために~熱中症予防対策を徹底
日本盲導犬協会では、訓練士と犬たちの健康を重視しています。暑さの厳しい7月から9月にかけては、日中の屋外での訓練は行っていません。また、訓練時間を早朝や夜の涼しい時間帯に変更できるよう、訓練士の勤務体制を整えています。さらに、夏場の普及推進イベントについても、屋外での活動は行わないなど、協会全体で暑さ対策に取り組んでいます。

世界基準の盲導犬育成
日本盲導犬協会では、動物福祉の精神を尊重し、犬の健康と生活の質に配慮しながら、誕生から訓練、引退後まで、衛生的な飼育環境と倫理的な訓練基準のもとで適切に飼育しています。また、国際盲導犬連盟(IGDF)による5年に1度の定期査察にも合格しており、犬たちの健康面や生活環境への配慮が、動物福祉の観点から高く評価されています。
IGDF(国際盲導犬連盟)とADI(国際補助犬連盟)の共同声明
活動報告
2025年12月14日、当協会の訓練や事業が動物福祉の国際的な考え方に則したものであるかを確認・整理することを目的に、講習会を開催しました。講師には、動物行動学を専門とする日本獣医生命科学大学の水越美奈教授をお招きしました。講習会では、トレーニングの分野において国際的な指標となりつつあるLIMAや、動物福祉における5つの領域(5Domains)の考え方を中心に学び、理解を深めました。
本講習を通して、協会がこれまで大切にしてきた訓練を始めとする盲導犬事業の方針が、動物福祉の考え方に沿っていることを改めて確認しました。また、これまでの取り組みが国際的な方向性に即していることが裏付けられ、今後の活動方針もより明確になりました。
日本と欧米諸国では、文化的背景の違いにより、動物と人との関係性についての考え方が異なる部分もあります。こうした違いを踏まえ、日本特有の取り組みを活かしながら、他国の良い手法も取り入れていくことが大切です。協会では、今後もこうした取り組みを継続し、より良い盲導犬育成と動物福祉の実現に努めていきます。



